Q、簡単な経歴を教えて下さい。
1963年に沖縄工業高校の建築科を卒業して、宮里栄一建築設計研究所、㈱国建に勤務しました。宮里事務所では中部病院の設計の手伝いを、国建では古島団地の設計や那覇市牧志再開発計画や海洋博覧会関連施設計画に関わりました。1973年に退社後アトリエQを設立し、名護市の基本構想から都市計画業務に関わる機会を得たことが、現在の設計を行う上で大きな影響を受けました。その後1975年に事務所を㈱究建築研究所へ改組して2005年の還暦を機に閉鎖しました。その間、個人住宅を中心に共同住宅や公共施設等の設計を手掛けてきました。2007年に“PSAアトリエQ”としてリスタートしてから現在に至るまでの間は、主に個人住宅を手掛けています。
Q、社名の由来を教えて下さい。
原点を大切にしながら、進化を目指すことを込めて。Oに尻尾の生えた「Q」と言う名称にしました。アトリエQ→究建築研究所→PsaアトリエQと言う具合に、何故かQの字から離れられずにいます。PSAとは自然のエネルギーを受けて利用する建築と言う意味で、
残された時間をこの事に中心を据えて設計をしたいと考えています。
Q、設計をする上で、こだわっていることや心がけていることを教えて下さい。
健康で心地良い住まいの提供を心掛けています。求められる心地良さは個々に違っていて、それが各家の個性に繋がります。35年前に立てた「健康な住まい」“省エネ”“省資源”“ローコスト”の深化と長寿命化の実現を目標にしています。その実現のためには、沖縄の風土を理解することにあります。恵まれた自然の光、熱、雨、風を活かして、地場資源に乏しい現状から資源を無駄にしないことが“省エネ”と“省資源”になります。“ローコスト”は、知恵と知識を総動員してコスト削減を図ることです。それに加えて、長寿命化を計ることが最大の省エネルギーで省資源、ローコストの実現を図ることになります。
現在のモダンリビング様式(居間を中心にした個室型)がこれからの高齢化や夫婦世帯の増加を見るとき、充分に対応できないのではないかと考えています。新たな住様式に対応した住宅の形を模索している状況です。
Q、設計依頼を受けてから着工までどれくらいかかりますか?
施主との打ち合わせを2週1~2回のペースで行い、2ヶ月ほどは施主のイメージ確認の作業になります。核になる作業は、たくさんの希望をすべて出してもらうことです。回を追うごとに「これは実現したい」「これは出来たら良いな」という風に優先順位を付けて頂き、住みたい家のイメージを明確にしていきます。その後にイメージ確認の計画図を作成して内容を詰めていきます。ここまでで4ヶ月あまりを要します。それから実際の図面の作成に入るのですが、この作業も2ヶ月ほど掛かります。その間に確認申請業務を行い、工事発注の準備、着工となるので、約6~7ヶ月の時間が必要になってきます。
Q、(コンクリート造が多い沖縄において)木造住宅の実績率が高いですね。
1988年に最初の木造住宅を設計してから、これまでに十数軒の住宅を設計しました。平均すると2年に1軒くらいのペースでしょうか。最初の木造住宅の時は在来工法のため、大工さんを探すのが大変でした。霞みかけた記憶を呼び起こして工事をしたことが、強く印象に残っています。
Q、個人住宅の設計で後々喜ばれたプランを教えて下さい。
それぞれに気に入って頂いていますが、少し変わったプランで言えば、音楽の好きな家族の住宅で、演奏会用の舞台をしつらえて、2階に吹抜けを設け廊下をギャラリーにしました。ホームコンサートが開ける住宅になっています。
また、舞台の横にある食堂を利用する場合には、吹き抜けによって広がりの中で食事を楽しめる空間にもなっています。
Q、設計士になって良かったと思うことを教えて下さい。
設計した建築が築後10年ほど経って、丁寧に利用されている状況や、手入れが施されて完成時の借り物の雰囲気が、場所に馴染み落ち着いた佇まいを見ることは、設計者として嬉しく思います。
【宇栄原謙さんの課題】
既に触れましたが、蒸暑気候に対応する住宅の実現。夏の暑い日に木陰に入ると涼しく心地よい訳ですが、住まいの影ではその様な心地よさは得られません。理由は輻射熱を浴びるからです。冬季には、南向きの陽だまりの心地よさが何にも増して良いものです。しかしRC住宅では冷輻射があってゾクッとする冷気に覆われることがあります。このため、冷房とヒーターが必需品になっています。このことを解消する住宅の構造と技術の開発が大きなテーマです。
「光と影」陰影に富んだ建物が南島沖縄を象徴しているのですが、近年次第にその姿を失いつつあります。現代の民家の造形を探していくことが、その次ぎのテーマになります。




